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アメリカ留学のポスドク研究生活

research

私はポスドクとしてアメリカ留学して研究活動をしていた医師です。ポスドクは、博士号(ドクター)を取得した後に研究する職業を指しますが、医師や獣医師、歯科医師など「ドクター」と呼ばれる職業を持っていれば博士号がなくても、「ポスドク」のポストに就ける場合もあります。

留学する前は、医師として働きつつ基礎研究と臨床研究に従事していました。アメリカ留学中はほぼ基礎研究に時間を費やせたので、アメリカに留学する直前の生活からは大きな変化がありました。

そのため、留学して生活の変化が大きかったのですが、留学するよりずっと前には基礎研究専門でやっていた時期もありました。時代も違いますがその時の生活とも比較しながら、アメリカでの研究生活を振り返ります。

アメリカでのポスドク生活は、特に郊外や田舎で扶養家族がいなければ何年いてもお金には困りません。しかし、扶養家族が多い場合は相当な覚悟が必要で、長期間の留学(5年とか10年)は経済的に難しいでしょう。

アメリカでの研究生活は日本よりも密度が高く、同じような研究生活を日本で送れるのは、才能豊かで環境にも恵まれたごく限られた人だけだと思います。

研究生活の違いだけではなく、研究者として競争相手を理解するためにも留学経験は重要です。留学先が必ずしもアメリカである必要はありません。イギリス、フランス、ドイツ、スイス、などのヨーロッパ諸国や、今からなら中国インドでも良いですし、短期でも良いと思います。人生一度は留学を

目次

アメリカの大学、研究室の日本との違い

研究をするという点では日本の大学研究室もアメリカの研究室も同じです。ただ、予算やスタッフの雇用といった点で大きく異なります。

日本だろうとアメリカだろうと、上司や同僚がどんな人柄か、どんな状況に置かれているかに大きく影響を受けるという点は万国共通なので、ここから書くことは必ずしも当てはまるとは限りませんので、過去の実績や成果では今の状況はわからないので、留学するならよく見ておくことをお勧めします。

日米のテニュア職

日本の大学では企業資金で作られた特任教授のようなポストはありますが、ほとんどは大学にプールされた資金で教授、助教などのテニュアトラック職が雇用されています。最近は任期付きの研究職が雇止めされると問題にされていますが、それでも労働法で保護されています。

一方、アメリカでは、研究費がなくなると教室を使うための費用を支払えなくなるそうで、研究費が切れると教室が閉鎖され教授もいなくなっていました。病院での臨床業務や教育で資金を調達することもできるため、研究に軸足を置かなくても研究室を続けている医師もいますが、一度教授になると解雇されることはほとんどない日本とは大きな違いです。

研究室の予算規模

器具や消耗品は研究内容が同じなら似たようなものを使っていますが、アメリカの予算規模は日本よりも大きいことがほとんどです。私が所属していた研究室は、留学前の100倍まではいかないものの豊富な研究費がありました。研究室の予算内にテニュア職の年俸なども含まれることが多いですが、研究に使う正味のお金も数十倍でした。

もちろん、アメリカの研究室すべてで予算が潤沢にあるわけではありません。でも、外国からポスドクを雇う余裕があって、日本からわざわざ留学しようと思える時点で、例外はあるにせよ研究資金が集まっている研究室のはずです。

研究補助スタッフ

研究補助スタッフの雇用が日米で全く違っていました。トータルの予算の違いだけではなく、税制の違い、労働法の違いなどにどうしようもない差があるせいですが、アメリカの研究補助スタッフのほうが一般的には良いと思います。

日本の大学

日本でも研究費から研究助手を雇うことはあります。ただ、日本では豊富な研究経験がある人材が研究助手を選んで就職することは滅多にありません。

常勤にすると研究費が足りなくても解雇できないので、日本ではパート・アルバイトが基本です。インターネットで検索すると時給1500円から高くて時給1700円くらいの求人がたくさん出ていますが、時給1500円だと週40時間働いて月給24万円、年収288万円です。

大学院修士課程修了後の平均初任給は24万円弱なので、パートの中では良いですが大学院を修了してポスドクもした後に就くなら、パート以外の職を選びます。いつでも首になる可能性がありますし、昇給したりするものでもないので。

日本の研究助手は、

  1. 扶養控除の103万円の壁を越えないように扶養控除の適応範囲内で働きたい主婦・主夫
  2. 時間、予定の都合がつけやすい仕事をしたい
  3. 研究が好き

という条件に当てはまる人が多いです。

研究助手の仕事は、機器のメンテナンスや発注補助、研究材料の準備や研究作業、場合によっては文書校正などです。これらの仕事は、自分で時間の調整をできるので、急に帰る必要があっても何とかなるなどかなり自由が効きます。

そのため、主婦・主夫が育児をしながら研究助手をしていたりしますが、収入を調整するためにトータルの労働時間が短くなりがちなので、優秀であってもカバーする仕事の範囲があまり広くなりません。

アメリカの研究室

研究助手は、社会保障も他の職種と同じように得られる上に若手の助教よりも高報酬になることもザラです。実験能力が高くても、研究費の獲得を自分でしたいとは思わない元研究者が研究助手をしていることもあり、元助教などの研究助手も偶にいます。

国公立の大学や研究機関では、一般の民間企業よりも社会保障が充実していることが多く、日本よりも官民の差が大きい印象があるので、民間研究機関で研究者になるよりも国公立で研究助手の道を選ぶこともあります。

働きが悪いと首になることもあるので、やる気も能力も高い人材が、常勤で、長時間働く傾向が強いです。そのため、日本の研究助手よりもいろいろな業務を請け負ってくれます。

アメリカ研究室でのポスドク生活

ここまで書いてきた通り、アメリカと日本では研究をする環境がかなり異なります。

Researcher making an experiment

まず、当然ですがアメリカは日本語ではなく英語が公用語ですので、街でも研究室でもコミュニケーションには英語を使います。日本でもラボ・ミーティングを英語で行う研究室もあって、留学生を多く受け入れているようなところでは英語が飛び交っていることもあるでしょう。

それでも、日本語が基本的に通じないアメリカでの生活は、英語が不自由だとかなり大変です。アメリカで暮らすことで英語のトレーニングになりますが、研究室で働くにはある程度の英語ができて当然なので、英語に自信がないなら渡航前にある程度できるようにしておかないと留学中に大きな不利益を被ります。

日本では臨床業務(病院)や学生教育、会議出席、その他、研究と直接関係ない業務で多忙でした。病院や教育がない状況でも、日本では会議や委員会が多くなりがちなので、研究に割く時間が減ってしまいます。

アメリカは有能な上に長時間働く研究助手、研究補助員が多いので、ポスドクの雑用が少なくなり、場合によっては研究作業もかなり補助してもらえる確率が高いです。特に若手にとっては、研究、論文執筆、研究費の獲得、などに使える時間がアメリカの方が長くなるので成果を出しやすいと思います。

ポスドクのお金事情:収入と生活費

研究をする上では、お金の心配がないことも重要です。ポスドクをしていく上で私が体験した収入と生活費について書いていきます。留学先や個々人で大きく変わりますので、注意してください。

アメリカにいるポスドクの収入

アメリカ全土でのポスドクの収入を調べてみると、2023年現在は平均年俸$57000ドル弱です。下は3万ドル以下から、上は12万ドルまでありますが、$57000ドルは最近の為替レートなら約800万円になります。

都市部では、平均年俸がより高いですが、住居費や物価がもすごく高いので、私のいたような田舎の方が生活は楽です。収入のことだけを考えて留学する人はいないと思いますが、良い研究室があるなら、田舎の方が暮らしやすくお勧めです。

留学するための米国入国・滞在ビザ(F-1やJ-1) の取得には、米国で支払われるサラリーや奨学金、貯金がしばらく生活するのに足りるのを証明する必要があります。いくらあればビザの取得に十分かは情報がないのでわかりません。

私は、留学当初の年俸200万円台から始まて徐々に上がり、帰国前は600-700万円くらいの年俸でした。当初2年は無税になる条約(Tax Treaty)もありましたし、田舎暮らしで生活費も安かったので、貯金を崩さずむしろ預金が留学前よりも増えた状態で留学生活を乗り切れることができました。

(参考:アメリカと日本、都会と田舎町の違い

年俸は契約次第ですが、日本から取っていく奨学金やアメリカで獲得する研究費によっては、アメリカでのサラリーに上乗せされる場合もあります。奨学金から自分のサラリーを支払う場合もありますが、自分のサラリーを支払う資金調達能力がある、というのが評価が高いです。人気が高い研究室だと資金も持ってこられないポスドクは受け入れられない可能性もあります。私は、もっと奨学金をとる努力をしてからアメリカ留学すればよかったと後悔しています。

医療保険・健康保険

施設によりますが、多くの大学では健康保険料が本人のみ安く設定されていることが多いです。私は悪名高いHMO(Health Maintenance Organization)タイプの医療保険でしたが、かなり安く加入できました。

HMOでは受診できる病院が限られますが、保険料が安価です。地域の主な病院(ネットワーク内)へは受診できますし、救急を除き、窓口での自己負担支払額(co-pay:コペイ)がほとんどタダ同然でしたので、医療費はアメリカのほうが高いのに、3割が自己負担である日本の健康保険よりも安く感じました。

Application for Health Insurance

記事にすることがあるかもしれませんが、私のような外国人留学生や、日本企業のアメリカ駐在員のように、いざという時に日本に戻る選択肢があればアメリカの医療制度は必ずしも悪くありません。でも、アメリカに永住する人々にとっては、アメリカの保険制度はどうしようもないものです。ずっと保険料を支払ってきたとしても、病気が原因で仕事に支障が出て医療費が必要になったために解雇され、保険を失って無保険となり、医療を受けることが非常に困難になってしまうからです。

日本でも解雇されることはあるとはいえ、アメリカでは基本的に雇用が守られていません。病気になったとたんに解雇されるということがよく起こり、アメリカの破産原因の圧倒的トップは医療費です。保険に入って備えていなかったのだから自己責任で仕方がない、ではなく、病気になったから保険に入り続ける資格をはく奪されて無保険になり、医療費で破産してしまう人もいます(というか多数派かもしれません)。

家族

子供がいる場合に保育士を頼んだり、私学へ行かせたりをしようと思うと、途端に費用がかさみます。

地域によりますが、学校がない時、学校が終わった後、子供を一人で置くことは虐待とされ、親が逮捕される可能性があります。未成年だけで外を歩かせることは防犯上も危険ですし、同じく虐待として扱われる場合があります。そうすると、学校が終わる前には片親が迎えに行くか、スクールバスが来るときに家にいないといけないことになりますが、学校が終わるのは一般的に17時より前なので、アフタースクールを頼むか人を雇うなどで対処しなくてはなりません。

また、よくわからない理由で学校の休みがかなりあり、その日は有料のサマースクールのようなものに通わせるか、親が仕事を休んで家にいるかを選択せざるを得ません。

人に頼むとしても、良いサービスは高いし、かといっても高いから良いわけでもありません。友人は伝手を頼って不法滞在者がやっている闇のベビーシッターを使っていました。

アメリカの外食、食品

長く続くデフレ社会だった日本と異なり、アメリカは元々インフレ率が高く、モノもコトもどんどん高くなっていく社会です。しかし、コロナ禍を機に一気にインフレ率が高まり、食品などが特に都市部でとても高騰しているようです。外食も一気に高くなったようです。

私も2022年のコロナが落ち着いていた時期に留学先だった街へ旅行に行きました。田舎ですのでニュースで聞くほどではありませんでしたが、かなり食料品価格は高くなっていました。

groceries

日本も近い傾向はありますが、アメリカのスーパーマーケットには高級品(高級店)と廉価品(大衆店)があります。廉価な食材は、もともとが日本よりもずっと安かったので、為替の影響もあってとても高くなったとは感じますが、日本と比べると高くはありませんでした。

アメリカでは、外食などのサービスを受けた際にはチップを支払う習慣があります。「お気持ち」的なもので必ずしも支払う必要があるものではありませんが、嫌われるので基本的には支払うべきです。

外食産業では以前よりも高いチップを要求する傾向があるようで、支払う側とのせめぎあいなので、いくら支払えばよいのかというと微妙です。15%、満足したら18-20%、というチップが浸透しているようですが、いつも正しいとは限りません。セルフサービス店では基本的に支払わない風習だったはずですが、最近は要求される場合もあるようです。

時々、アジア人だからなのか酷いサービスを受ける場合もあり、そのときは支払わなかったり10%だったりにしたこともあります。

住居費

私の留学当時よりも平均年俸は上がっていますが、住居費は私が住んでいた田舎ではそれよりも大幅に上がっているようです。

円安が進行したのが大きいですが、今見ると田舎町でも東京の山手線沿線並みの面積単価になっています。基本的に大都市圏を除くと広い物件が多いので、かなりきつい気がします。単身の学生で留学するのなら、誰かとルームシェアを真剣に考えた方が良いと思います。

光熱費も高騰していますが、もともと日本の数分の1だったので今でも日本よりも安いです。ただし、もともとが安かったので、省エネを考える気もない家、車が多いため、負担感はかなりあります。

for rent

研究者なら留学を経験しておくべき

研究者をしていくつもりがあるなら、一度は留学をしておくべきです。専門分野が日本でしかないような疾患だったり、明らかに日本で研究する方が有利なものだったりするなら別ですが、日本の研究費は相対的に下がっており日本のプレゼンスは凋落していますし、研究環境も良いとは言えません。

また、日本に来る留学生、ポスドクの質は、アメリカに来る留学生と比べて低いです。一部の熱烈な日本ファンは別だと思いますが、アメリカでは受け入れ先がなかった人が日本へ来たりします。伸びてくる国から来た留学生、近い将来に競争相手になる国のライバルたちを見ておくべきです。

よく言われることですが、日本の大学は入学するまでが大変で、日本以外の大学は卒業も大変です。日本と異なり、良く知られた大学以外でも卒業するのは大変ですし、上位層はどの大学でも優秀な人が揃っています。どこにでもとんでもない人がいるので全員ではないですが、教授に目をかけてもらって良い紹介状が欲しいとか、実績を作ってその後の人生を有利にしたいとか、意欲的な大学生、大学院生が多く出入りしています。

孫子の兵法に「敵を知り己をしれば百戦危うからず」とあります。現在、将来の研究のライバルになる研究室や研究者たちがどのような環境で、どのように研究しているのかを知っておくことは重要です。つながりの幅も増えますし研究者としての道を歩むなら、留学しない選択肢はありません。海外へどうしてもいけない事情があるなら、外国人の多い研究室に身を置くのはアリです。

研究者志向でなくても、日本での慣れ親しんだ生活から飛び出し、しばらく別の国で生活する経験は大きな糧になります。他の記事でもふれているように、留学を経験し異文化交流することで価値観が変わります

どうしても日本である必要がないのなら、アメリカに限る必要はありませんが留学を前向きに考えてください。

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