2015年4月15日ごろ発覚した、聖マリアンナ医科大学病院精神科での精神保健指定医の不正取得問題についてのいろいろです。

指定医とは?

精神保健指定医というものは、医師が医師資格以外に取得する資格の一つです。他に、医師がキャリアを積む上で取得する「資格」には、「指定医」「認定医」「専門医」「指導医」などがありますが、「指定医」は国が定めるものですが、「認定医」「専門医」「指導医」は専門科の学会などが独自の試験によって与える資格です。

指定医には、今のところ

  1. 身体障害者福祉法指定医(身体障害者福祉法第15条)
  2. 母体保護法指定医(母体保護法第14条)
  3. 精神保健指定医(精神保健及びっ精神障害者福祉に関する法律第4条)

があります。ウィキペディアには、生活保護指定医というものが記載されていますが、指定医ではなく指定医療機関のことだと思います。

また、指定医ではありませんが、麻酔科標榜医というものは「指定医」に近い位置づけだと思います。

それぞれの指定医は、それぞれ大雑把に

  1. 身体障害者手帳の診断書を作成できる(身体障害者福祉法指定医)
  2. 人工妊娠中絶を行うことができる(母体保護法指定医)
  3. 措置入院をさせることが出来る、「通院・在宅精神療法」を加算できる(精神保健指定医)
  4. 「麻酔管理料」を加算できる(麻酔科標榜医)

といった「特権」が与えられています。他に、「資格」が必要な医療行為はいくつかあり、

  • 麻薬の処方・使用
  • ボツリヌス毒素(ボトックス)注射
  • シダ花粉(シダトレン)舌下免疫療法の処方

などがあり、毒物使用などに必要とされます。いずれの資格も、一定の臨床経験があれば、書類を作成して提出し指定される必要はあります。

 

精神保健指定医について

精神保健指定医は他の指定医よりも多くの権限が与えられています。

  1. 精神科病院に一人以上必要
  2. 措置入院・応急入院の必要性を診断できる
  3. 保護者の同意の下、医療保護入院をさせることができる
  4. 通院精神療法・在宅精神療法加算を請求できる

特徴的な項目が2番目と3番目で、いわゆる強制入院に該当します。医療保護入院は、本人の同意がなくても保護者の同意で入院させることができるもので、措置入院は、精神保健指定医一人または二人の診断によって都道府県知事の権限で強制入院させます。応急入院は、都道府県知事の権限も必要がないようですが、公的資金による入院ではない(措置入院は原則公費負担)ため、あまり運用されていないようです。

精神保健指定医を取るインセンティブになりうるのは4番目の通院精神療法加算・在宅精神療法加算で、月に一回3300円の加算が取れる(参考:『I002 通院・在宅精神療法(1回につき)』)ため、これを当てにして取得する医師もいるようです。

だが、収益上、精神保健指定医の診察は非指定医の診察より高い診療報酬が取れるので、指定医資格だけ入院施設のある精神科病院でぱっと取っておいて開業したり、老人病院に移ったりしてしまう医師も多い。
指定医のケースだけ集めたら、あとは用がない、ということだ。
自分の出身大学の先生たちには、こういう人はほとんどいなかった。
ケースを集めさせてもらった病院で一度も指定医業務を行うことなく平気でずらかるっていう感覚は私には理解できない。

今年最後の指定医ケースレポート提出期間が始まった。



子どもの病院や老人施設で「精神科」をやってきて、直球勝負の精神科を1年もやっていないあるドクターが、指定医申請をする。
治療後の結果がどうなろうと知らん、という感じでとにかく入院から退院まで持ち込み、半年でケースを集め、すぐに退職、今はまた他の施設で外来だけやっている。
治療不十分で退院させたり、任意入院に切り替えて置き去りにしたりした患者さんをすべて他の先生に押しつけて、である。


また後継のために他科から転科して精神科になり、親のクリニックを2年手伝って移ってきたあるドクターも、今回申請。
半年でケースを集めてしまったので、たった1年で退職、親の後を継ぐようだ。



初めて、自分が指定医を持っていないことを、悔しいと思った。

来年こそは、来てくれないと困る...指定医がないことで今の病院は年収100万違う。
生活かかってます。

出典:ブログ記事『精神保健指定医取得のカラクリ』(じゅびあの徒然日記)2007年12月

このブログに限ったことではなく、こういう類の話を耳にすることはあります。今も、状況が同じなのかどうかはわかりませんが最近は首都圏ではこの加算だけで簡単に医院を経営、というのは難しくなっているようです。

 

精神保健指定医の申請

精神保健指定医の申請は、法律では

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律

(昭和二十五年五月一日法律第百二十三号)
最終改正:平成二六年六月二五日法律第八三号
(精神保健指定医)
第十八条  厚生労働大臣は、その申請に基づき、次に該当する医師のうち第十九条の四に規定する職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められる者を、精神保健指定医(以下「指定医」という。)に指定する。
一  五年以上診断又は治療に従事した経験を有すること。
二  三年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有すること。
三  厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣がめる程度の診断又は治療に従事した経験を有すること。
四  厚生労働大臣の登録を受けた者が厚生労働省令で定めるところにより行う研修(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること。
2  厚生労働大臣は、前項の規定にかかわらず、第十九条の二第一項又は第二項の規定により指定医の指定を取り消された後五年を経過していない者その他指定医として著しく不適当と認められる者については、前項の指定をしないことができる。
3  厚生労働大臣は、第一項第三号に規定する精神障害及びその診断又は治療に従事した経験の程度を定めようとするとき、同項の規定により指定医の指定をしようとするとき又は前項の規定により指定医の指定をしないものとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない。

 


出典:e-Govウェブサイト(http://www.e-gov.go.jp)より一部抜粋、下線は改変

 となっています。臨床研修のあと3年以上精神障害関連で医療に従事すれば、指定の研修を経て、6病圏(6種類の分類それぞれ一例以上)8症例の症例レポートを作成して取得できるのですが、なぜか

指定医の資格申請には、精神科3年以上を含む5年以上の臨床経験を有する精神科医が講習を受けた上で、措置入院または医療観察法1例、統合失調症2例、気分障害、中毒性精神障害、児童思春期症例、老年期精神障害、器質性精神障害各1例の、計8例のレポートを提出することが求められる。合格率は5~6割といわれる。
前身の精神衛生鑑定医(鑑定医)から移行した者とあわせ、現在約10000人。2013年末14630人】
出典:『精神保健指定医』(ウィキペディア 最終更新 2015/4/18 11:49)下線および【】内は改変

合格者が半分程度になっています。原因として挙げられているのは、症例レポートの審査基準が厳しいことで、

レポート作成は要件が厳しく、必ず2000字以内にまとめ、レポート内容については精神保健福祉法と指定医の法的権限、条文内容の理解が正しく記載されているか、また精神科症例報告として症状と治療及び退院後のデイケアや各種サポートも含めた精神科治療の記載を、紋切りでない自らの言葉で、簡潔明瞭に記載されているかがレポートの合否の要点になります。この記載の在り方については、症例毎でかなりバリエーションがあるため、具体的なレポート文面についてはそれぞれ指導医のこまかなアドバイスを受けて作成してゆくことになります。
出典:ブログ記事『精神保健指定医取得に向けて』(旭川圭泉会病院 後期研修医ブログ)2013年2月

とされていますが、合格マニュアルの類が売られていたりします。

  • 精神保健指定医レポート作成マニュアル
  • 精神保健指定医取得申請マニュアル

 

聖マリアンナ医科大学病院の不正

これらのことを踏まえたうえで、今回の不祥事のニュース

 病院の別の医師が提出したリポートが、以前の症例と酷似していることに関東信越厚生局の職員が気付き、一月下旬に厚労省に報告。
 同省は三月下旬に立ち入り検査し、過去五年分を調べた。病院側は、指定医が外来患者を診察した際に上乗せされる診療報酬を過去五年分、約百七十万円返還する方針。
 指定医の処分をめぐっては、記録が残る〇二年以降、リポートの確認を怠ったとして指導医三人が取り消されている。

◆「先輩のリポート変えて申請 常態化」

 聖マリアンナ医大病院は十五日、記者会見を開き、学内に設置した調査委員会の青木治人委員長(同大学副理事長)が「精神保健行政の根幹を揺るがす大変な不祥事。何の弁解の余地もない。責任を感じている」と謝罪した。
 調査委は二月に調査を始め、疑いのある指定医らから聞き取りなどをしてきた。青木委員長は「医師としての倫理観の欠如は隠しようがない。指導医も十分な責任を果たしていなかった」としながらも「病院の組織的関与はないと考えている」と述べた。
 調査によると、先輩の医師からUSBメモリーなどに記録されたリポートを受け取ることが常態化、文章をわずかに変えて申請していたという。指定医らは「自分が担当していない症例でも、症例の報告会で情報を共有していると解釈していた」などと説明。指導医たちも「同時期に提出しなければいい」と考えていたという。


出典:『指定医20人 資格取り消し 聖マリアンナ病院 不正取得で処分』(東京新聞:記事の掲載が終了しました)

で、他のニュースソースによると、以前は紙ベースの資料をやり取りしており、 2011年以降デジタルデータ化されていたようです。今回、指定医を剥奪されたのは11人ですが、剥奪されなかった医師たちがシロかというと、疑問を感じさせるニュース記事です。

コピペ(コピーアンドペースト=丸写し)といえば、昨年のSTAP細胞事件での学位論文コピペを思い出します。ただ、今回の精神保健指定医の試験の場合、記載しなくてはいけない事項がかなり厳格に決められていて、使える症例も限られます。さらに、学位論文では独創性、オリジナリティを求めらるのに対し、日常臨床や資格試験では独創的なものが求められているわけではありませんので、出来上がったレポート自体が似通っているのはある程度当然だと思います。

その中で、「前例がない」ことをするのを嫌がるはずの役人(厚生局:厚生労働省の地方支部)が上に報告して問題にするのは、余程目に余る論文だったのだと思います。

こんなブログ記事もありました。

このレポートが曲者・・・gawk 「精神保健福祉法」を十分理解したうえで書く必要があるので、結構面倒なのです。しかも法律も年によって改正され、提出レポートのフォーマットもチョコチョコ変更されるので、先輩達のレポートのコピペがうまく機能しない危険性がありますcoldsweats02 なかなか話が伝わらないかも知れませんが、「一見簡単だけど、ピットフォールが満載なレポート」なのです。合格率も6割から7割と言われ、ボヤボヤしていると落とされてしまうので、第三者によるチェックが絶対必要なのです。今回の講習会で特に注意されたのは「表紙が変わったこと」「第一症例(措置)が統合失調症以外の疾患(躁うつ病圏、児童、中毒性、器質性、老年)でもok」になったことでしょうか。マイナーなところでは「緊急措置入院は法29条の2」「措置入院は法29条の第1項」と明記することでしょうか(先輩達のレポートでは単に29条と書いてあるものが多かった)。会場からの質問では「器質精神病」に関するものが多く、「こんな症例は適切でしょうか?」といったパターンが大半でした。それと驚いたのは「同じケースを二人以上の申請者が書けるか」といった質問もありました(これは絶対ダメです。バレたら資格取り消しだそうです)。


出典:ブログ記事『指定医講習会』(In Vino Veritas)
実はこの手の指定医不正取得に関しては、「結構、不正をやっている人がいるんじゃね?」と思っている精神科医は多いのではないでしょうか。...と、いうのも、実は指定医講習会(指定医を取るのに受けないといけない講習会)で、こんなやり取りがありました...。
(講師) 何か質問のある方は?
(聴講者) 一つの症例を複数の指定医未取得の医師が診た場合...○×△...(メインの質問は失念)
(講師) ...what ? ... 何、言ってるの? おまえの病院そんなことやってるの...?
(聴講者) え? だって、うちの病院ずっと前からそんな感じっすよ~
(講師) だめだよ、原則一例に対して一つの申請だよ...。患者が一度退院したり、主治医が転勤になって、主治医の時期がずれてれば問題ないけど...。
この時、ちょっと会場はざわついていましたね...。明らかに、「当然だろ」という人と、「え?駄目なの、どうしよう?」という空気が混在していましたね。このやり取りを見て私は、「あー、こいつら黒だね...、真っ黒だよ!!!」と思いました。ちなみにその質問者は、○○地方の××病院だったような...。
出典:ブログ記事『精神保健指定医資格の不正取得について』(In Vino Veritas)

自分のところでも、認定医・専門医の申請に必要な症例をコツコツためる人がいる一方、「そんなのコピーで済ませろ」という人も残念ながら居ました。ただ、コツコツためた人が全部自分で書いて提出したのか、コピペと言っていた人が自分はコピペしたのか、わかりません。

さらにいうと、僕はコピペはしませんが、他の誰かにカルテ(最近は電子化されていますので、検索性、閲覧性が増しています)から症例レポートを作られていないか、というとわかりません。(閲覧履歴は残りますが、業務で皆が使うものですので)

 不正を認定された23人の医師の処分内容

処分を受けた20名(指導医9名、申請者11名)のうち、聖マリアンナに残っている7名の懲戒処分を大学が検討している他、厚生労働省が行政処分(医業停止、医師免許停止、医師免許はく奪(回復不能))も含めて検討しているようです。

医師免許はく奪は、条件が決まっているらしいと(ウィキペディアによれば)されていますが、このうち「診療報酬不正請求」に該当すると判断されればあり得ると思っていました。が、診療報酬の不正請求で医師免許はく奪は最近の例にはありません。ウィキペディアに記述された弁護士の見解が古いか、間違いのようです。(参考:『診療報酬の不正請求って?処分は?』)

2015年9月30日の厚生労働省医道審議会医道分科会で、指導医12名に医業停止2か月、申請を行った医師11名に医業停止1か月という行政処分が決定されました。

教授が諭旨退職

聖マリアンナ大学の精神科教授が諭旨退職処分になったようです。

 聖マリアンナ医科大病院(川崎市宮前区)の神経精神科の医師が「精神保健指定医」の資格を不正取得した問題で、同大は6日、同科の教授を諭旨退職とするなど計16人の医師の懲戒処分を発表した。処分は7日付。
 ほかの処分は、資格取得のため不正に作成されたリポートに署名するなどした准教授2人を休職3カ月、指導医5人を休職2カ月。資格を不正取得した医師5人、取得しようとした3人についても休職や戒告の処分を行う。
出典:『聖マリアンナ医科大、指定医不正取得問題で処分』(産経ニュース)

また、精神保健指定医の資格取り消しは23人に増えているようです。

 

不正が起こった背景

m3.comに記事が出ていました。m3は「日本最大級の医療従事者専用サイト」を掲げるサイトを作っている会社で、ソニーの関連会社です。

誰も申請要綱の変更に気付かず
 問題となったのは、申請書類のうち、担当医として8人以上の症例の経験が必要だとされるケースリポート。新規申請者3人を含む14人全員が、担当医でないのにカンファレンスに参加した症例を拡大解釈して担当医として報告したり、先輩からもらったデータをそのままコピーしたりしていた。
 青木氏は「神経精神科では、先輩の申請書類のデータをもらうのが常態化していた」と指摘。「最初は書式の参考が目的だったが、症例確保が難しくなるにつれて、安易な方向に流れて行った」として、以前から紙の資料をもらう行為が一般的にあり、「同一症例を使いまわしてもいい」というような雰囲気が神経精神科内にあったとした。
 2011年以降、申請書類を行った医師のうち、今回不正だと認定されなかったのは1人のみ。その1人は出張先の病院の症例を基にリポートを書いていた。不正と認められた申請書類の中には、8つの症例のうち7つが自身で担当医として診療していないものもあったという。
 重複症例に関しては、2012年に申請書類の取り扱いに関する要綱が一部改定され、ケースリポートの症例の定義が厳格化。神経精神科においては、改定前の要綱について、「同時期でなければ同一の症例を複数報告しても問題ない」という解釈をしていたという。改定後は、時期がずれていても同一症例は重複とみなされ、禁止されることが明文化されていた。
 大学では、調査対象者にヒアリングをしたが、「変更されたことを申請者も指導医も知らず、その上級医も認識を持っていなかった」とし、誰も同時期の重複症例が禁止されたことに気付いていなかったという。
出典:『聖マリ、指定医の不正資格申請が常態化か』(m3.com)

レポートに使う症例の基準が2012年から厳しくなっていたということも背景の一つにあったようです。同じ症例を複数の人が出すことは、ありえないことではありません。ありふれた症状・疾患でも医師が「これは珍しい、興味深い」と思う症例が時々あります。そういう症例には多くの医師が興味を持って担当しようとしたりしますし、カンファレンスでよく取り上げてディスカッションしたりもします。そういう症例のほうが頭に残りやすいですし、レポートにしようという意欲も湧きます。

また、個人のクリニックでない限り「主治医」が居たとしても、アドバイスを与える中堅の指導医が数人いることが普通ですし(だと思います)、最近は主治医を決めずに数人の医師がグループを作って「チーム医療」をすることも増えています。

内科認定医などでも「同時期でなければ同一の症例を複数報告すること」ってあったような、気がしますが、同じ年で重複すると駄目なので同期で取り合いをしていた気がします。

ただし、上記のケースはやっぱり駄目だと思いますし、だからこその処分だったのだと思います。

 

再発防止策は?

コピーアンドペーストを見抜く仕組みを作るというような話が出ています。極限的には、レポートに個人情報を書かせて提出させることですが、今の時代には有り得ません。

認定医・専門医でも、プロフィールに書くことで宣伝(の少なくとも一部)になっていますが数値化することは困難です。しかし、今回の精神保健指定医では、直接、患者や納税者が支払う診療報酬に直結しています。(取り消し処分を受ける医師の分)「診療報酬を過去五年分、約百七十万円返還する方針」という病院の方針が出ていますが、再発防止のためにも保険組合もしくは厚生労働省が刑事告訴(詐欺罪など)をもって臨んでもおかしくはありません。ただ、「レポートは他人のものだけれど、実際には診療経験がある」場合に詐欺が成立するかどうかはわかりませんし、厚生労働省の通達が出るのかなと思います。

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