日本でも大きく扱われている、韓国のアメリカ大使切りつけ事件。80針縫ったそうで、大変ですがきっと痕を残さないように綺麗に縫っているのでしょう。日本語で検索しても、事件の記事以外の情報が見つからないので、Wikipediaの記事を日本語に翻訳して日本語訳を作成しました。記事執筆時点では日本語のウィキペディアはありませんでした。出典:『Mark Lippert』(Wikipedia 最終更新2015/3/5 19:04)

和訳の精度、間違いについては責任を負いかねます。尚、一部手を加えてありますので、気になる方は原文をご参照ください。

ユダヤ教

改訂版2015/3/6 01:28では、「ユダヤ系アメリカ人である」という記載と、「宗教:ユダヤ教」という記載が削除されています。

ユダヤ教に関する部分についてはトルコのIPからの改訂です。

真偽がわかりませんのでここの記載は当初のまま残してあります。

その他

その後の改訂(2015/3/9 06:38版)では、ほかに

  • 出生地は、シンシナティではなくシンシナティ郊外のMariemont(マレーモント?)
  • 母はスーザン・リッパート(ブリッジズ)、父はジェームズ・ウィリアムズ・リッパートで弁護士
  • 北京大学留学中に自分でつけた中国名Lee Mokai (李模楷)を使っていた

改訂版(2015/5/7 13:37版)では

  • 襲撃者の金基宗が"a member of Uri Madang, a progressive cultural organization opposed to the Korean War."
と書かれています。progressiveという表現を見るとWikipediaは中立ではないというのを感じます。

 

Mark Lippert マーク・リッパート

 

From Wikipedia, the free encyclopedia
 
 
Mark Lippert
Mark Lippert Secretary.jpg
Lippert in 2012 (photo:public domain)
United States Ambassador to South Korea
Incumbent
Assumed office
October 20, 2014
President Barack Obama
Preceded by Sung Kim
Chief of Staff to the Secretary of Defense
In office
May 2013 – October 2014
President Barack Obama
Preceded by Jeremy Bash
Assistant Secretary of Defense for Asian and Pacific Security Affairs
In office
April 2012 – May 2013
President Barack Obama
Preceded by Lt. Gen. Wallace Gregson (Ret)
Succeeded by Dr. Peter R. Lavoy
個人詳細
出生 1973年2月28日生まれ(42歳)
Cincinnati, Ohio, U.S.
Political party 民主党
Alma mater Stanford University
職業・専門 外交政策顧問
宗教 ユダヤ教
受賞歴 Bronze Star ribbon.svg Bronze Star Medal
軍歴
Allegiance  United States of America
Service/branch  United States Navy
Years of service 2005–現在
Unit United States Navy Reserve seal U.S. Navy Reserve
Battles/wars イラク戦争

マーク・ウィリアム・リッパート(1973年2月28日生まれ)は、現職の米国の大韓民国大使である。大使になる前は、国防長官 ヘーゲル長官の参謀長、国家安全保障会議の参謀長、国防総省アジア太平洋安全保障問題担当国防次官補を務めた。

3月5日に、韓国でナイフで武装した男に襲撃された。

 

 

§ 経歴と教育[edit]

オハイオ州シンシナティで生まれ育った。[2] 父のジェームズ・リッパートは弁護士である。[3] リッパートはスタンフォード大学卒業で、学部では政治学を学び国際政治学(international policy studies:IPA)の修士号を取得した。[4] スタンフォード大学の大学院に居る間に海外留学プログラムとして北京大学で中国語を学んだ。リッパートはユダヤ系祖先を持つアメリカ人である。

§職歴[edit]

1999年まで、カリフォルニア州政府と、カリフォルニア州上院議員Dianne Feinsteinのスタッフとして働いた。リッパートは防衛と外交政策顧問として、次に1999年から2000年10月まで上院野党リーダーTom DaschleとSenate Democratic Policy Committeeのために働いた。その後2000年10月から2001年2月まで上院議員Patrick Leahyの研究員を務めた。 2001年2月から2005年6月に上院歳出委員会、国家·海外事業分科会の専門スタッフを務めた。[5] 2005年6月に、上院外交委員会の上院議員バラクオバマの外交政策の顧問になった。[5] リッパートは、当時のオバマ上院議員の首席補佐官、現在の大統領補佐官であるピート・ラウスに招聘された。[3]

リッパートはまた、海軍直接募集プログラムを通じて、情報将校として2005年に海軍予備役に就いた。2007年8月から2008年6月までの約一年間、[4] 海軍SEALsの情報将校としてイラクで9ヶ月を予定した任務について、イラクでの功績に対してBronze Star Medalを受章した。[5]

イラクから帰還後、リッパートは当時のオバマ上院議員の2008年大統領選挙で上級外交政策顧問を務めた[5] 選挙戦中、外交政策上の問題をオバマに説明する担当だった。[6] オバマが大統領戦討論会のために外交政策を準備するのを補佐した。[7] リッパートはその後、Obama–Biden Transition Projectで外交政策の副主任を務めた。[5]

上院にいる間と大統領選挙戦期間中、リッパートは当時のオバマ上院議員の側近として注目された。[4] オバマの国防・外交の政策概観立案を補助したことでクレジットされている。特に、2011年12月にオバマ大統領の下で完了したアメリカ軍のイラク撤兵、国境を越えた国防問題である虐殺や大量破壊兵器に対するオバマの指摘、を補助した。[3]

§オバマ政権[edit]

2009年1月のオバマ大統領就任後、大統領副補佐官とブッシュ政権時代にはなかった(それ以前にはあった)国家安全保障局の参謀長に任命された。[8] 参謀長を努めていた間、2001年10月にブッシュ大統領によって創設された国土安全保障会議と国家安全保障会議を国家安全保障スタッフに統合するのを監督した。[9] 当時の国家安全保障顧問のJim Jonesは前任者と違って、国家安全保障会議の日々の任務の多くを、副官のTom Donilonや、オバマの選挙戦を戦った数名、デニス・マクドノーやマーク・リッパートに委任した。[10]

2009年10月に、リッパートは国家安全保障会議を辞めて海軍の軍役に戻った。[11] リッパートの辞任をめぐっては、Jim Jones将軍との深刻な意見対立、特にアフガニスタンへの兵力増派での意見対立によって辞職に追い込まれたとの憶測がある。[8]Jones将軍はObama's Wars(訳者注:2010年出版のピューリッツァー賞受賞作)を書いたBob Woodwardにリッパートが情報を漏洩したと批難している。[12] リッパートの後任はデニス・マクドノーで、マクドノーは国家安全保障会議担当首席補佐官、国家安全保障問題担当大統領補佐官、第26代アメリカ合衆国大統領首席補佐官を歴任している。 マクドノーは、当時のオバマ上院議員外国政策顧問として、リッパートがイラクへ行く際にリッパートが招聘したのが元である。

リッパートは、海軍SEALsとNaval Special Warfare Development Group(SEAL Team Sixから改組、前の名前のほうが知られている)で情報将校として勤め、アフガニスタンやアフリカ(のどこかは非公開)で活動した。軍務の間も連邦法に基づいてホワイトハウスから給料を受け取っていたが、これは論争を呼んだ。[13]

海軍での軍務を終えた後、2011年10月にオバマ大統領によりWallace Gregson将軍の後任としてアジア太平洋安全保障問題担当国防次官補に指名された。[8] リッパートの指名は数ヶ月の間ジョン・マケイン上院議員、ジョン・コーニン上院議員(訳注:いずれも共和党)によってホールド(訳注:下記参照)された(それぞれ、前の国家安全保障顧問のJim Jonesとの関係[14]、台湾へのF-16戦闘機販売[15])が、上院の可決によって2012年4月に承認された。[12]

カート・キャンベルが東アジア太平洋担当国務次官補を2013年2月に辞任した際には、キャンベルの後任としてリッパートが噂された。[16] 2013年5月初旬にリッパートは国防長官チャック・ヘーゲルの参謀長に指名された。[17]

§駐韓大使[edit]

2014年5月1日、オバマ大統領はリッパートを韓国の大使に任命したいと表明した。[18] 合衆国上院は2014年9月18日にリッパートの任命を承認した。[19] 2014年10月、リッパートはジョン・ケリー国務長官に宣誓して新しい大使に就任した。リッパートのペットの犬の輸送に問題があって、 職に就くのが遅れた。[20]

2015年3月5日午前7時40分ごろ、リッパートはソウル中心部にある世宗センター(Sejong Center)のレストランでナイフで武装した男に襲撃された。民族和解協力汎国民協議会の政策委員会(KCRC; Korean Council Reconciliation and Cooperation)会議でスピーチをする予定だった。[21] 金基宗(キム・ギジョン; Kim Ki-jong)と名乗った暴漢はリッパートの左腕および、顔の右側に80針縫う必要があった4インチ(訳者注:10センチ)の切り傷を負わせた。[21] リッパートはソウル市内の延世大学Severance病院(訳者注:アメリカ人の人名Louis Severance)で手術を受けた。医師団は、傷は命に関わるものではないが指を使えるようになるまでには数ヶ月かかるだろうと発表した。[21] 警察によると襲撃に使われたナイフは10インチ(25センチ)の長さだった。[21]

襲撃の際と警備員に制圧されている間、金は南北朝鮮は統一しなくてはいけないと叫び、年次米韓合同軍事演習(訳者注:リンク先「Foal Eagle」)に抗議するためにリッパートを襲撃したと報道陣に言った。[21] 金は闘争的な朝鮮ナショナリズム活動の経歴があり、2010年に日本の駐韓大使を襲撃し、3年の執行猶予付きで収監(訳者注:執行猶予3年、懲役2年)を言い渡されている。[22][23][24][25]

翻訳元:Mark Lippert』(Wikipedia 最終更新2015/3/5 19:04)


アメリカの政府構造

アメリカの役職はわけが分からないので(日本のもわかりませんが)、参考になるページを見つけたので引用します。

ペンタゴンの政務担当次官の階層構造は以下のようになっている。アジア関連を中心に並べてみよう。
======
国防長官 Secretary of Defense SECDEF
※ 国防副長官 Deputy Secretary of Defense DEPSECDEF
======
※ 国防次官 (政策担当) Under Secretary of Defense for Policy USD (P)
======
※ 首席国防副次官(政策担当) Principal Deputy Under Secretary of Defense for Policy PDUSD(P)
※ 国防副次官 (アジア.太平洋問題担当) Deputy Under Secretary of Defense for Asian and Pacific Affairs DUSD (APA)
======
国防次官補 (国際安全保障問題担当) Assistant Secretary of Defense for International Security Affairs ASD (ISA)
※ 国防次官補代理 (中東問題担当) Deputy Assisstant Secretary of Defense for Middle East Affairs DASD (MEA)
=======
国防次官補 (アジア太平洋安全保障問題担当) Assistant Secretary of Defense for Asian and Pacific Security Affairs ASD (APSA)
※ 首席国防次官補代理 (アジア太平洋安全保障問題担当) Principal Deputy Assistant Secretary of Defense for Asian and Pacific Security Affairs PDASD (APSA)
※ 国防次官補代理 (東アジア担当、日本部長と表記されることもある) Deputy Assistant Secretary of Defense for East Asia DASD (EA)
※ 国防次官補代理 (南・東南アジア担当) Deputy Assistant Secretary of Defense for South and Southeast Asia DASD (SA&SEA)
※ 国防次官補代理 (中央アジア担当) Deputy Assistant Secretary of Defense for Central Asia DASD (CA)


出典:『米国防総省指揮系統(文官)の最新情報、天ぷら発言詳報』(ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報)より人名を削除など一部改変

 官僚としてやってきた人のようです。

 

ホールド

上院議員は、 単に関心のある 議案の本会議上程日の通知を待つだけではなく、 自らその議案の本会議上程について、 政党指導 部に注文をつけることができる。 このような申 し出は 「ホールド」 (Hold) と呼ばれる。 これ には、 議案の本会議上程そのものに反対するも のや、 また意図する内容に修正されるまで上程 に反対するというものがある。 政党指導部の方では、 合理的な理由に基づく ホールド、 例えばその議員がワシントン不在中 の本会議上程は差し控えて欲しいとか、 事前勉 強のため十分な時間を欲しいなどという、 一定 期間審議入りを遅らせることを内容とするホー ルドの申し出については、 これを歓迎している。 そして、 院内総務等がある議案の審議計画を策 定しようとする場合には、 当然、 その議案に関 してホールドを申し出た議員と、 非公式協議を 行なうことになる。 ホールドが明示的または黙示的に示している ことは、 審議を進めるべしとの動議に対する議 事妨害 (フィリバスター) の可能性である。 上 院においては、 フィリバスターの危険性を考え ると、 会期末などの時間の余裕のないときは、 最も重要な議案だけにしか時間を割けないこと になる。 また、 その成立を図るためには、 より 柔軟な譲歩・修正を迫られてくる。 時間が少な くなればなるほど、 ホールドは拒否権と同様の 力を有するようになるのである。


出典:『アメリカ連邦議会上院の権限および議事運営・立法補佐機構』(by松橋和夫 国立国会図書館総合調査室)

日本でも似たようなことがある、審議を遅らせて廃案に持ち込む、という手法です。ジョン・コーニン上院議員が「台湾への戦闘機販売を進めてくれないかな?」と要求してホールドした、ということです。

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