インターネット上のニュースで、首都圏の有名医師らによる診療報酬の架空請求疑惑が連日出ています。(参考:アルバイト感覚で芸人ら数百人が加担 療養費詐欺、ずさん審査が不正請求の元凶』産経ニュース、など) 今回の事件は大きそうですが、ここ数年では「山本病院事件」もありました。

2013年度の不正請求額は146億円に上っていたと先の記事にはあり、これは発覚して処分を受けた分だけです。診療報酬不正は皆が手を染めるものではない(はずと信じています)ですし、一度摘発されると少なくとも5年は再犯はないので、摘発された分は氷山の一角に過ぎず、実態はもっと深刻なのかもしれません。

医療費の支払い基金

一般に医療費と言われるものは、健康保険によって7割が負担されるものを指します。これに、入院時の差額ベッド代や先進医療の費用が患者さんの自己負担として加わります。健康保険で対応できる医療(保健診療)分が高額になる場合には、高額療養費制度により、患者さんの負担が軽減されます。(参考記事:『日本の医療制度』『日本での民間医療保険』)

 診療報酬明細の審査

日本の保険制度はほとんどは出来高払いで、医療を行った分だけどんどん加算されていく形になります。入院分は包括医療(症状によって決まった額が支払われる)も導入されてきています。

出来高払い制では、経過が芳しくないなどの理由で治療を追加すると医療費が膨らんでいきます。(包括医療でも、入院が長引くと増えていきます) 保健医療機関には収入になりますが、診療報酬を支払う側の支払基金にとっては支出が増えてしまうことになります。

一定の歯止めを掛けるため、診療報酬明細書(レセプト)を確認して審査し、「医療費の使い過ぎ」があれば支払いを認めず差し戻すという手続きがあり、国民健康保険中央会などに審査を委託して、医師などが実際の審査を担当します。

地域、医療機関の得意分野、によって「使い過ぎ」とみなされる部分が変わるので、他県へ応援に出たり、他県から来られた患者さんに対する対応で「使い過ぎ」と言われて後で対応に追われることがよくあります。

不正請求とレセプト審査

レセプトには詳しい病状を補足することもできますが、基本的には「病名」と「行った医療、その医療費」が記載されているだけです。そのため、審査で見られるのは「病名」に対する「医療」が認められる範囲のものであるかどうか、という単純なものと、同一患者で過去に同じ治療が過剰にされていないか、といった点が主になります。その辺りが、上記の新聞記事などで「ずさんな審査」とされてしまう所以だと思います。

「意図的に」正しいように見せかけられたレセプトを見破るのはかなり困難で、審査する医師などの土地勘や勘に頼っている部分が大きいと思います。たとえば、「この病院にこの人が受診するのはおかしいのでは?」「こんな症状の人がこんなに居るのはおかしいのでは?」というもので、僕が見聞きしたことがある例は、

  • 田舎でクリニックを開業した医師が、前勤務先の病院職員の保険証を使って不正請求した

事例でした。このような例だと発覚しやすいですが、巧妙に偽装されて患者側も報酬を貰っているような事件は通常の審査で摘発するのは困難だと思います。真っ当に医療を行っている医療機関からすると、性善説に拠って運営されている保険制度を悪用する不正請求は非常に不愉快な事件です。

保険医療機関と保険医

健康保険を利用した医療を行う医療機関は、「保険医療機関」に指定されている必要があります。保険医療機関に指定されていない病院・医院では、保険診療を行うことができません。申請書類も単純ですし通常は申請すれば指定されるはずですが、過去には香川県で地域の目標病床数との兼ね合いで観音寺徳洲会病院の保険医療機関指定が下りなかった( 裁判記録)ことがあります。

医師・歯科医師個人が都道府県の保険医協会に登録して「保険医」となることで病院・医院で保険診療を行うことができます。こちらも、通常は医師免許さえあれば登録されます。

保険が使えなかったとき

保険医療機関以外での診療、もしくは保健医療機関であっても保険医以外による診療は、保険診療には含まれません。処方箋を処理してもらう調剤薬局でも同様で、保険薬局・保険薬剤師の登録が必要です。

保険診療は「現物支給」が原則です。医療の場合は医療サービスが「現物」で、その都度自己負担分を支払って医療を受けることになっています。そのため、保険証がなく保険の証明ができないといった場合にも保険診療を受けることができなくなります。

こういった場合の救済措置があり、

とりあえず医療費の全額を自分で支払わなくてはなりませんが、あとで健康保険組合に申請することにより払い戻しを受けることができます。
出典:『やむを得ず保険医以外の医療機関にかかったとき・被保険者証が提出できなかったとき』(日本電気健康保険組合)

ことができます。支払い金額は「健康保険の治療の範囲の中で査定された金額から自己負担を差し引いた額」と書かれています。査定により減額されてしまった場合、通常の保険診療では保険医療機関から減額分が返金されるのですが、全額を自己負担して医療を受けた場合、減額分は自己負担になるものと思われます。(未確認です)

保険の不正請求が発覚した場合

保険医療機関・保険医等の取り消し

保険医療機関、保険薬局などは全国に8つある地方厚生局に管轄されています。不正が行われたことが発覚した場合には、保険医療機関の指定取り消しと保険医登録の取り消し処分が行われます。(薬局も同様)

この行政処分により、登録取り消しの上、5年間の再指定・再登録が不許可になります。過去には「不正発覚後処分が下る前に保険医療機関・保険医を返上することで処分を逃れる」という手口があったようですが、いつからか返上していたとしても再指定・再登録の不許可処分と処分の公表が可能になっています。

直近の処分は各地方厚生局のウェブサイトで公表されています。

  1. 北海道厚生局
  2. 東北厚生局
  3. 関東信越厚生局
  4. 東海北陸厚生局
  5. 近畿厚生局
  6. 中国四国厚生局
  7. 四国厚生支局
  8. 九州厚生局

ニュースになっている首都圏のクリニックに処分が下る場合は、関東信越厚生局による処分になると思われます。ただ、上記の「保険が使えなかったとき」の項にあるように、保険医療機関指定・保険医登録がなくても「保険」診療が全く認められないわけではありません。(書類が大変そうなので、受診者は大幅に減りそうですが)

保険医がなくてもできる医師の仕事

上記の診療業務以外にも、保険医資格停止中の医師ができる業務があります。保険診療以外の業務全般で、

  • 産業医
  • 美容整形などの保険外診療
  • 健康診断(一般の健康診断や献血前後の健康診断)
  • 研究

などが挙げられます。採用されるかどうかは別ですが、保険医停止中も収入がある程度確保できる可能性があります。

詐欺罪などで刑事告発

保険医療機関指定・保険医登録の取り消しは行政処分で、今後の収入源が断たれるもののそれだけです。罰金や禁錮などの判決があり得る詐欺罪での告発が行われることも多いです。(参考:診療報酬詐欺で数十人立件へ 組員や医院経営者ら 数億円詐取の疑い 警視庁』産経ニュース)

医道審議会による免許停止・取り消し

医師・歯科医師・薬剤師にとって、保険医・保険薬剤師登録の取り消しや、詐欺罪での服役などよりももっと恐ろしい処分があります。厚生労働省に設置されている「医道審議会」による行政処分で、医業停止や医師免許取消といった処分が下ります。

医師免許・歯科医師免許、薬剤師免許の取消処分はめったにないですが、保険医療機関指定や保険医・保険薬剤師と異なり、免許を取り直すことが実質的に不可能です。免許の停止の場合は、5年以下程度の業務停止処分で、期間経過後はまた有効になります。

医道審議会は大体半年ごとに年2回開催され(2013年は2月に追加で一回ありました)、2013年から2015年までの3年間で下った主な処分は、

  • 医師免許取り消し 14名(うち1名は疾患による免許取り消し)
  • 医師免許停止 1年~3年 27名
  • 医師免許停止 1年未満 80名
  • 歯科医師免許取り消し 2名
  • 歯科医師免許停止 1年~3年 15名
  • 歯科医師免許停止 1年未満 29名

となっていました。医師免許・歯科医師免許取り消しは合計16件ありました。(薬剤師については医道審議会の

精神保健指定医の不正受験(参考:『精神保健指定医の不正取得問題』)でも2015年9月30日の医道審議会で処分が下っていて、指導医12名は医業停止2か月、申請した医師11名は医業停止1か月でした。

免許取り消し理由

免許の取り消し理由は、ウィキペディアによると

医師免許の行政処分に詳しい弁護士の調査[3]によると、
患者への性犯罪
診療報酬不正取得
全国で大きく報道された医療関連犯罪(麻酔の悪用、産婦人科薬の悪用など)
を機械的に免許取消とし、それ以外は機械的に免許停止としている可能性が高い、としている。
出典:『医道審議会』(ウィキペディア 最終更新 2015/4/21 07:41)

とありますが、少なくとも最近の例に対しては間違いです。取消になったのは、殺人、強制わいせつ、覚せい剤取締り法違反、医師法・薬事法違反などで、診療報酬不正は医業停止・歯科医業停止3か月でした。

医業停止3月

診療報酬不正請求は医業停止3月という処分だったのですが、2013年から2015年に3か月停止処分が下っていた事例は、

  • 診療報酬不正請求 25名
  • 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反 7名
  • 児童買春・児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反 3名
  • 岐阜県青少年健全育成条例違反 2名
  • 福井県青少年愛護条例違反 1名
  • 迷惑行為等防止条例違反 2名
  • 道路交通法違反・有印私文書偽造行使 1名
  • 道路交通法違反 2名
  • 医師法違反 2名
  • 業務上過失致死 2名
  • 名誉棄損 2名
  • 相続税法違反 1名
  • 窃盗・詐欺 1名

となっています。「公衆に~」という条例は色々な行為を取り締まる条例ですが、一般人が違反する可能性がありそうなものは「付きまとい行為」だと思います。

診療報酬不正請求は、免許取り消しではなく医業停止3月という比較的軽い処分にとどまっていました。(詐欺罪で有罪になった場合は別かもしれません) 個人的には3月ではなく3年か免許取り消し(保険医が知らないところでも請求され得るので情状酌量はありで・・・)くらいにして欲しいところです。。

ウィキペディアの記述を信じて、診療報酬不正請求に対してはもっと重い処分が下されていたのだと思っていました。

処分は重いか、軽いか

医師・歯科医師等の医療従事者の仕事を「神聖で侵さざるべきもの」と考えるなら、これらの行政処分、刑事処分等では軽過ぎます。

が、最近の粉飾決算だとか耐震偽装だとか、くい打ち問題だとか、フォルクスワーゲンのディーゼルエンジン不正だとか、早稲田大学、STAP細胞問題で博士号を剥奪だとか、いろいろなものを見る限り、妥当な処分だとも思います。

アメリカでは告発の報奨金も・・・

訴訟・保険大国のアメリカでも、保険診療にかかわる不正はある程度問題になっていそうです。ただ、そもそも保険制度自体への不満が強いのであまりニュースになることはありません。

ただ、診療報酬不正の告発を推奨するポスターが貼ってあるところもあるようです。下記のポスターの例では5万ドル(=日本円で600万円)の報奨金がかかっています。

CC BY by Justin Watt (https://goo.gl/oLkjnA)

こんなに高額の報奨金があると冤罪が多発しそうです・・・・・。

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