アメリカの医療制度は日本と大きく異なります。日本の制度の概要は別記事『日本の医療制度』もどうぞ。

医療費の決まり方

日本とアメリカの医療制度の大きな違いのひとつは、アメリカでは医療費を決めるのが政府ではないという点です。日本では厚生労働省が決めていて、決められた「保険点数」より高い金額を取ることも、ディスカウントすることも許されません。

アメリカでは、医療費は保険会社が各々決めます。そのため、保険の種類によって病院が得る診療報酬が違います。また、手術などではドクターフィーといわれる違いもあり、熟練した医師にかかる場合には医療費が高く設定され、研修医にかかる場合は安いです。日本では保険診療であれば全国一律です。 

保険内容と受診できる病院

病院ごと(もしくはドクターごとに)に保険会社と契約していて、契約している保険会社以外は受け入れが出来ません。

日本では、健康保険さえあれば、どの健康保険組合であってもどこの医療機関へかかるかは患者側の自由です。(紹介患者・予約患者限定を掲げている病院はあります)

アメリカの医療保険には大きく分けて3つのカテゴリーがあります。

  保険料(プレミアム) ファミリードクターからの紹介 事前審査 ネットワーク 自費分
HMO 安め 必要 たいてい不要 あり 安い
PPO 中間 不要 必要 なし 高い、特にネットワーク外高額
EPO 高い 不要 必要 あり 低い

僕は一番安いカテゴリーのHMOに入っていますが、安いといっても日本の国民健康保険(自己負担分の68%)より高いです。そして、イギリスの制度と同じで専門医への受診が制限されています。

ネットワークというのは、保険会社が同じでも、受診地域が制限されること(だと理解しています)です。なので、住んでいて保険がカバーしている場所以外の病院へかかりたい場合には保険が使えません。

アメリカでは、このようにたくさんある保険の基本プランや追加プランの中から、一人ひとりが選んで加入します。

さらに、民間保険会社が扱っている医療保険以外にも、「メディケア」「メディケイド」と呼ばれる低所得者、高齢者向けの公的保険がありますが、これらの保険、さらにオバマ大統領が成立させたオバマケア保険は、(利益が少ないため)受け入れ拒否する病院があります。

保険外診療

日本でも、交通事故の診療や未承認薬などの保険外診療を受ける場合には、健康保険が使えない場合があります。その場合には、受診する患者さんは病院の言い値で医療を受けるか、どうするか考えなくてはいけません。事故の場合には健康保険を使う場合よりも高いですが、通常の診療報酬をベースにした医療費を割り増し料金にしているだけででボッタクリということはない(はず)です。(参考ウェブサイト『交通事故診療は自賠責保険が優先します 朝日新聞記事に反論する』リンク先サイトがなくなりました)

アメリカでは保険がない場合には、医療を受けられなかったり、非常に高額の医療費を前払いしなくてはいけません。保険がある場合と比べて医療費不払いになって取りこぼす確率が高いためだと思います。

保険対象の違い

日本では、厚生労働省が認可した疾病に対して行う診療は、保険外診療を受けた場合を除いてすべてが保険支払いの対象です。

対して、アメリカの保険では、保険の対象疾患、治療法にしか保険を使うことができません。たとえば、普通に加入した保険では歯科治療と眼科診療が含まれておらず、受診できないということが起こります。(歯医者へ行くと、そのための保険を紹介していたりします。)

逆に、日本では保険の支払対象外になる歯のクリーニングやメガネ代が保険負担になることもあります。

オバマケアが始まるまでは、産科治療をカバーしていない保険を選ぶ人も多かったはずです。

保険の支払拒否事例

アメリカの場合

アメリカでは、保険に加入していたとしても保険会社が保険支払いを拒否して、医療を受けられなかったり、莫大な借金を負ってしまうことがあるようです。

たとえば、堤未果氏の書籍「沈みゆく大国アメリカ」(Amazon.co.jp)の中には、「承認の電話4件ごとに1件却下するといったようなノルマを会社から与えられていますから」という不穏当な記載がありました。ノンフィクションというなら、データを出してほしいと思うわけなのですが、作中の人物に話させている形になっているので問題ないのかもしれません。

実際に電話での不承認率がどれくらいあるのかはわからないのですが、ある保険会社の不承認率は5%(2013年)で全米で年間200万件の保険請求が却下されたようです。

The American Medical Association (AMA) reported that some insurers rejected nearly 5% of the claims they received in 2013, although that number appears to be dropping.
出典:『5 Reasons Your Health Insurance Plan Will Deny Your Medical Bill』(NerdWallet)

友達の移民系ポスドクにも、「どうせ病気になったら保険が使えないんだから、医療保険などにお金を払いたくない」と言っている人がいました。周りに、手術を受けた人が何人かいるのですが、保険の支払いにトラブルがあったようには見えませんが、5%も請求が却下されるかもしれないというのは恐ろしいことです。

この決定を覆すこともできるようですが、申請、審査に時間がかかりますので、前述書籍の事例のように事前に電話で承認を得るタイプの保険の場合、治療を受けること自体ができません。

また、保険支払いを拒否された場合にどうしたら良いのかを書いた記事を読むと、最後に絶望的なことが書かれていました。

If these tactics only work partially, and you’re left with a large bill that charity care won’t cover, remember, you still have leverage. At the end of the day, physicians and hospitals would rather receive some payment than lose all of it. So be prepared to negotiate.
出典:『The 5 Things You Should Know When Your Healthcare Claim Is "Denied"』(Forbes)

 「you are left with a large bill」(あなたは請求書とともに残される)を読んで絶望的だと言ったら、「そんなの当然じゃないか」とアメリカ人に言われてしまいそうなのですが、日本では違います。

日本の場合

日本の健康保険でも保険支払いの審査があり、事後にまとめて行われます。

日本では健康保険を使う場合、まず、患者さんが窓口で3割の自己負担分を支払います。一月分をまとめて病院が健康保険組合に請求を行います。(「レセプトを提出する」などと呼ばれます)健康保険に請求があったレセプト(診療報酬明細書)に支払いをしても良いか、拒否するかは、病院・医院からの請求に対して、事後に保険側(社会保険診療報酬支払基金)が審査します。

審査する側も医療関係者だったりするのですが、たくさんのレセプトの中では拒否される(保険診療ではできない、過剰だ、などの理由で)ものも結構あります。拒否されたものがどうなるかというと、再審査を請求したりするわけなのですが、最終的に認められなかった分がどうしてもでてきます。

ここが日本とアメリカの制度のもう一つの大きな違いですなのですが、日本では病院の赤字になります。自己負担分を取ることも許可されないので、病院は非常に困ります。あるはずだった収入がなくなり、かといって原材料費は払ってしまっています。さらに、患者さんを呼び出して返金するという作業が必要になってしまいます。定期的に通院する患者さんだったらまだ良いのですが、一度精密検査に遠くから受診した患者さんだったような場合には、病院事務泣かせです。(返金100円渡すのに、交通費と時間を使わせるため。また、僕が居た病院だけかもしれませんが振り込みではなく現金払いが必要とかで・・・)

そのため、毎月請求前に書類の不備がないかどうかチェックしたり、却下された分の間違いを訂正したり、検査・治療が必要だったりした理由をつけて再審査に回したりという作業は病院が行います。アメリカでは患者本人がやるようです。日本を発つ前、僕は自分の診療科の分を担当していました。慣れた専門分野の診療内容でも結構大変な作業で、突然何の準備もなく必要に迫られて上手くできるとは思えません。

実際に支払う医療費

日本では実際に支払う医療費は、高額療養費制度(前記事『日本の医療制度』参照ください)を使った場合を除けば、実際にかかった医療費の3割が基本です。

アメリカの場合には、分野によって違うと思いますが、少なくとも軽い疾患の場合には外来も、出来高払い(やった分かかる)ではなく治療全体に対する包括払い(この病気にこの治療の場合はいくら)です。日本では受診ごとに自己負担がありますが、アメリカでは保険がカバーしていて自己負担分(copay:コペイ)を一度払うと、その治療が続いている限り負担金はありません。

なので、軽い病気(虫歯とか風邪のような)で支払う医療費は、日本の方が高く感じます。

アメリカの医療費は世界最高と言われているのに変だなと思うのですが、逆に、ネットで見ていたら、「さそりに刺されて病院へかかったら怪我の応急手当で5万8千ドル(約700万円)の請求だった」という記事がありました。(文脈的に、誤請求かもしれませんが) そうではなくても、例えば「人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)」の場合、日本のある病院のウェブサイトでは、

人工股関節置換術の場合、インプラント(挿入する人工関節の機器)は約90万円。手術料が約40万円入院費も諸々で200万円ぐらいとなります。実際に患者さんが支払うのは、患者さんの医療保険の負担割合に応じて3割負担の場合、食費を含めて70万円程度となります。しかし保険診療で支払う費用については1ヵ月あたりの自己負担限度額で、この限度額を超えた場合は、高額療養制度を利用することが出来ます。


また更生医療(表2)を利用することもできます。更生医療は、身体障害の原因となる症状に対して、日常生活動作の回復や向上を目的として行う手術などの治療に適用される制度です。


出典:『人工関節手術と医療費』済生会横浜市南部病院

アメリカでは、前述のように医師や保険によって金額が違うのですが、患者さんが投稿した医療費(参考:『Hip Replacement Cost』costhelper health)をみると

  • $171,000- ($3000)
  • $0-
  • $10,000-
  • $2,500-
  • $7,500-
  • $77,000-
  • $19,000-

などという数字が並んでいます。最初の人($171,000)と、後ろから二番目($77,000)以外は保険支払い後の自己負担分を書いているようです。日本だと年収900万超で26万円強(約$2,200-)ですので、保険がおりても自己負担が結構高いです。自己負担ゼロという人もいますが、それはそういう保険契約だからで、その分保険料は高いはずです。

やはり日本の病院と比べると数倍以上は高額ですね。

保険を「失う」?

日本で会社などの組織に雇用されていて被用者保険に加入している場合、 本人の保険料は折半で家族も保障されます。解雇や退職で仕事を失った場合、被用者ではなくなってしまうために被用者保険に加入し続けることは出来なくなります。しかし、任意継続といって2年間保険に入り続けることができ、保険料は上がりますが家族は保障されます。(間違いがあればご指摘ください) 任意継続の資格を失ったときには国民健康保険に移行することになり、保険料は大抵あがることになると思います。

アメリカでは、企業が提供する保険に入る場合、保険料を企業がどれだけ負担するかは企業によります。たとえば、僕がいる大学は大学が負担する保険料が大きく福利厚生が良いので、地元民に人気が高く、大学職員が解雇された後何とか大学で職探しをしようとしています。(おそらく)一般的に、職を失った瞬間に保険も失います。

何よりも恐ろしいのは、簡単に解雇されることです。労働組合がある企業もごく一部ありますが、内情を知りませんので置いておいて、少し前に病院のカンファレンスでこんな会話がありました。

治療期間が長い病気の二つの治療法を比較して、

  • 標準治療A:実績があって、副作用も少ない。1~2週間に一回通院が必要。
  • 代替治療B:治験が終わって市販されるところ。副作用が非常に多い(そして結構やばい)。4週間に一回程度の通院が必要。
  • 標準治療Aと代替治療Bの治療費は少し代替治療Bが安い

日本だったら、標準治療Aを大抵は選ぶと思います。僕も副作用がいやなので代替治療Bの選択はないな、と思ったのですが、アメリカでは一味違いました。

「標準治療Aは、ちゃんとやろうとしたら年に30~40回通院が必要だよね。標準治療Aはちゃんとやれば効くのは分かっているんだけど、年に40回通院して、解雇されないってあり得る?

半分冗談交じりなのですが、アメリカだったらそういう発想になるよなぁと思いました。日本では病気(だけ)を理由に(正社員の)解雇は出来ません。病気で解雇された場合、職を失うとともに保険もなくなり、治療を受けるためには新たに加入しなくてはいけないので、保険料は健康な人と違います。上のほうで挙げた友人はこういうことも考えていたのかもしれません。

まとめ:日本の保険の方が好き

月並みですが、比べてみると日本の医療制度は良いですね。もっといい国があるんだという話はあるにしても、日本の医療費はアメリカよりは格段に安く、質も確保されています。出来るだけ維持したいものです。

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