昨今話題になっているMERSやエボラ出血熱、前に騒ぎになった新型インフルエンザやSARSなどの新興感染症に対応するための日本の法律は感染症予防法です。

(僕は法律の専門家ではありません。間違いがあったらご指摘ください。)

感染症の予防のための法律

感染症予防法

感染症予防法は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」という長い正式名称の通り、感染症の蔓延予防と、感染症の患者を取り扱うための決まりが14章102条にわたって規定されています。

感染症予防法と対になる政令「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則」と合わせて日本国内の感染症対策を規定しています。公衆への危険度が高いものから1類から5類まで分類されています。感染者個人への危険度で分類されているわけではないので、人類の歴史上数名(2015年現在たぶん12名、うち半数は発症前にワクチン接種された例)生存者しかいない上に毎年5万人の死者が出る狂犬病は、ヒトからヒトへ感染しないために4類に分類されています。

最近話題に上っている感染症は、

というように分類されています。感染症予防法の中身については、下記で説明しています。

検疫法

もう一つの重要な法律は、検疫法(正式名称も「検疫法」でシンプルです)で、こちらは国外から入ってくるのを食い止めるための法律です。法律では、感染症予防法で1類に分類される疾患と新型インフルエンザを指定しているだけで、(法律で政令で別途指定できると書いてあるため)政令でMERS(中東呼吸器症候群)も扱うように指定されています。

現在の対象疾患は、

  • 1類感染症
    • エボラ出血熱
    • クリミア・コンゴ出血熱
    • 痘瘡(天然痘)
    • 南米出血熱
    • ペスト
    • マールブルグ熱
    • ラッサ熱
  • 2類感染症
    • 中東呼吸器症候群(MERS)
    • 鳥インフルエンザ(H5N1、H7N9)
  • 4類感染症
    • マラリア
    • デング熱
    • チクングニア熱
  • 新型インフルエンザ

と、一時世界を震撼させたSARS(重症急性呼吸器症候群)は既に削除されています。

検疫法では、指定感染症の患者を隔離すること、それが外国人の場合には上陸・入国を拒否することが目的です。(その他、動物に関する規定もあります)

(目的)

第一条  この法律は、国内に常在しない感染症の病原体が船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止するとともに、船舶又は航空機に関してその他の感染症の予防に必要な措置を講ずることを目的とする。

(疑似症及び無症状病原体保有者に対するこの法律の適用)

第二条の二  前条第一号に掲げる感染症(1類感染症)の疑似症を呈している者については、同号に掲げる感染症の患者とみなして、この法律を適用する。


2  前条第二号に掲げる感染症(新型インフルエンザ等)の疑似症を呈している者であつて当該感染症の病原体に感染したおそれのあるものについては、同号に掲げる感染症の患者とみなして、この法律を適用する。


3  前条第一号に掲げる感染症(1類感染症)の病原体を保有している者であつて当該感染症の症状を呈していないものについては、同号に掲げる感染症の患者とみなして、この法律を適用する。


出典:e-Govウェブサイト(http://www.e-gov.go.jp)より改変

1類感染症の場合は、疑似症(似ているが断定できない症状)の場合に無条件で患者として扱われ隔離、入国拒否されます。また、1類感染症の病原体を保有しているものの症状がない場合にも、同様に隔離、入国拒否されます。新型インフルエンザの場合には、新型インフルエンザに感染した恐れがあって疑似症(つまり発熱、悪寒など)があれば、隔離、入国拒否されます。

MERSについては、病原体で汚染した場所の消毒くらいしか規定されておらず、検疫法による患者の隔離、入国拒否については1類感染症と新型インフルエンザだけです。そのため、感染症であることを理由にした入国拒否はないはずです。(入国させるかどうかは、国家の自由なので拒否するかもしれませんが)

ただし、発症していた場合には入国後感染症予防法によって入院することになるとは思います。

 

感染症予防法の規定

疑似症、無症候保因者の扱い

感染症予防法では、1類感染症(エボラ出血熱など)の場合には疑似症(似た症状)や病原体保有者も患者と見なされます。新型インフルエンザでもウイルス保有者や感染の疑いがある疑似症患者は患者と見なされます。

MERS、SARSなどの2類感染症のうち、政令で指定されたものは疑似症患者を患者とみなすという規定があり、結核、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、鳥インフルエンザ(のうちH5N1、H7N9)が指定されています。記事『韓国のMERSと日本の対応』でも書いている通り、「患者と接触した人には熱や咳(せき)などがあれば入院を求め、」ということになったというニュースが2015年6月10日に流れました。

健康診断、就業制限、入院

感染症予防法では、都道府県知事が健康診断の勧告、就業制限の実施、入院の勧告を行うことになっています。ただ、知事は決定権があるとはいっても感染症に詳しいとは限らないので、衛生研究所か何かにマニュアルがあって、余程のことでなければマニュアルや厚生労働省からの通達に基本的に従うのでしょう。

健康診断

感染症予防法で書かれている健康診断は、いわゆる健診ではなく、感染症の診断を行うための診察、検査、病原体検査を指します。都道府県知事が疑わしいヒトに対して検査を受けるように勧告し、従わない場合には検査を実施できます。

就業制限

就業制限は、疾患によって異なっていて、MERS(中東呼吸器症候群)やSARS(重症急性呼吸器症候群)の場合には、

  1. 病原体がなくなるまでの間
  2. 飲食業で飲食物に触れる業務、調剤業務、接客業など多数の人に接触する業務

に就くことが制限されます。意外と緩い制限です。以下は該当部分の原文です。

(就業制限)

第十一条  法第十八条第一項 に規定する厚生労働省令で定める事項は、次のとおりとする。
一  当該届出の内容のうち第四条第一項第三号、第四号及び第六号に掲げる事項に係る内容
二  法第十八条第二項 に規定する就業制限及びその期間に関する事項
三  法第十八条第二項 の規定に違反した場合に、法第七十七条第四号 の規定により罰金に処される旨
四  法第十八条第三項 の規定により確認を求めることができる旨
五  その他必要と認める事項
2  法第十八条第二項 の厚生労働省令で定める業務は、次に掲げる感染症の区分に応じ、当該各号に定める業務とする。
一  エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、南米出血熱、マールブルグ病及びラッサ熱 飲食物の製造、販売、調製又は取扱いの際に飲食物に直接接触する業務及び他者の身体に直接接触する業務
二  結核 接客業その他の多数の者に接触する業務
三  ジフテリア、重症急性呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属SARSコロナウイルスであるものに限る。以下単に「重症急性呼吸器症候群」という。)、新型インフルエンザ等感染症、中東呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属MERSコロナウイルスであるものに限る。以下単に「中東呼吸器症候群」という。)、痘そう、特定鳥インフルエンザ及びペスト 飲食物の製造、販売、調製又は取扱いの際に飲食物に直接接触する業務及び接客業その他の多数の者に接触する業務
四  法第六条第二項 から第四項 までに掲げる感染症のうち、前三号に掲げるもの以外の感染症 飲食物の製造、販売、調製又は取扱いの際に飲食物に直接接触する業務
3  法第十八条第二項 の厚生労働省令で定める期間は、次に掲げる感染症の区分に応じ、当該各号に定める期間とする。
一  結核、重症急性呼吸器症候群、中東呼吸器症候群及び特定鳥インフルエンザ その病原体を保有しなくなるまでの期間又はその症状が消失するまでの期間
二  前号に掲げるもの以外の感染症 その病原体を保有しなくなるまでの期間
出典:e-Govウェブサイト(http://www.e-gov.go.jp)平成二七年三月三一日厚生労働省令第五七号

入院

1類感染症、2類感染症、新型インフルエンザでは、感染症が診断された場合(また、1類では病原体保有者、疑似症も含まれます。MERSなどでは無症状病原体保有者は含まれません)に都道府県知事が入院を勧告できます。従わない場合には「入院させることができる」とされています。

この入院は72時間以内と定められていて、その後10日ごとに更新できます。ので実質無制限ですが、30日を超える場合には厚生労働大臣に審査を申し立てることができます。

罰則

感染症予防法には罰則規定があるのですが、ほとんどは医師や獣医師、病原体を取り扱う者、バイオテロに対する罰則規定で、患者に関するものは少ないです。

患者が罰せられる可能性があるのは、就業制限に違反した場合で「50万円以下の罰金」と規定されています。入院を拒否、健康診断の拒否という事態は設定されていません。

医療費の負担

入院費用は、原則公費負担(自己負担ではなく税金が投入される)なのですが、患者もしくは配偶者が負担できそうなときは自己負担(!)と規定されています。健康保険がある場合には保険適応になるようですが、医療費を決めるのが都道府県知事なのでいくらになるか、見当が付きません。勧告された入院以外の指定感染症治療費は自己負担です。

結核は、もともと公費だったものが自己負担が増えています。

僕は海外在住で健康保険がないので、一時帰国時に発症したりしたら大変です。

 

感染症予防法の限界

感染症予防法の規定を見るとわかるように、基本的に「感染の恐れがあるものの隔離」は不可能です。(要請は出ていますしが)

罰則はあるものの、罰則が規定さrているのは就業制限に違反した場合で、それも罰金刑という軽いものです。

韓国で問題になったような、自宅隔離に従わない、ということは日本でも十分起こりうる(というよりも自宅隔離を要請する自体の根拠がない)ので、MERSやSARSのような輸入感染症がいったん入ってきた場合の対応が後手に回るかもしれません。

また、健康保険を持たない場合には最悪入院費用が全額自己負担、健康保険があっても自己負担が過大になり得るので、入院拒否も起こりえそうです。

就業制限に関しては、新型インフルエンザ騒ぎの時に書かれたブログ『家族のインフルエンザで出勤停止!? 濃厚接触者の処遇は?』(管理部支援.com)で分析されていました。職員に自宅待機を要請した場合には、給料の全額もしくは60%以上の支給が必要になりそうだということです。もちろん、医療従事者が職務上で接触し自宅待機になった場合には、民法536条2項の規定で全額支給にされるべきだろうなと思いました。

感染症予防法と検疫法

この二つの法律について、わかりやすく解説されたブログ記事がありました。元厚生労働省技官の方の記事で、説得力があってよいです。

渡航制限や国境閉鎖などに代表される、所謂水際作戦によって、完全に封じ込められた感染症は、今までに存在しないからです。特に口や鼻からウイルスが入ることによって感染する、呼吸器感染症に関しては、こうした封じ込めが効果を示すという根拠は、その感染形式からも考えにくいのです。

国内に入るまでは国家公務員である検疫官(厚労省職員)が主動であるため、国としては力を注ぎますが、国内に入れば検疫法は適応されないため、実働は国家公務員ではなく地方公務員や、医療機関になります。この状況では、国は通知文書などで、地方自治体に指導することが主な仕事となり、自ら防護服に身を包んで動き回る、という事もしなくなります。
この2つの感染症にかかる法律の棲み分けが、大きな問題となっています。すなわち、国は自らが活動する場面である”水際対策“に力を注ぐあまり、国内対応に対する関与が極めて希薄になっているのです。国内で発生した場合は、その地方自治体、ひいては患者が収容された医療機関が責任の受け皿となります。
出典:『MERSウイルス感染症、韓国流行をうけて(2)』(BLOGOS)

少し前、県外への移送はせず都道府県ごとに対処することが確認されたとニュースが出ていました。感染症指定医療機関といわれる病院は、基本的に大学病院だったり、地域の中核病院だったりするわけなのですが、大きい病院だと、役所と同じで縦割りされていて、医者もそうですが医者と看護部や事務、検査部など、連携がギクシャクしているところが多いです。

昨今ただでさえ疲弊して崩壊寸前に陥っているところで、上からの通達ばかりやってきて、崩壊してしまわないか心配です。

 

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