バラク・オバマ大統領が選挙公約に掲げ、2011年12月14日にイラクからの撤退を行いました。その後、イラクではISISが勢力を伸ばし2014年8月8日アメリカ軍を始めとする多国籍軍による空爆が始まりました。(参考:『イラク空爆、アメリカ軍が実施 2011年の撤退後初めて』ハフィントンポスト)

2015年10月22日、アメリカ軍が参加した人質救出作戦でアメリカ兵が一人犠牲になったというニュースが流れました。(参考:イラクで救出作戦、米兵死亡=対「イスラム国」で初の犠牲』時事コム)

イラクとアフガニスタンからの撤退

公約の一つにイラク・アフガニスタンからの撤兵を掲げていたバラク・オバマ大統領によって、2011年12月にイラクからの撤退が行われました。アフガニスタンからの撤退も模索していましたが、前政権であるタリバンの勢力が今も強くオバマ大統領の任期末である2016年末にも、9800名のアメリカ兵が駐留している予定です。

あまり知らなかったのですが、アメリカがどの場面にも出てきます。

アフガニスタン戦争

アフガニスタン紛争(2001年 - )(アフガニスタンふんそう)では、アフガニスタンで断続的に発生している紛争のうち、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者として指定されたアルカーイダの引き渡しに応じなかったターリバーン政権に対し、アメリカ合衆国が主導する有志連合諸国および北部同盟(2001年以降はアフガニスタン暫定政府、2004年以降はアフガニスタン政府)が「不朽の自由作戦」に基づき、アフガニスタンにおいてターリバーン勢力、アルカーイダ、およびその他の武力集団との間で行っている武力衝突を扱う。
...中略...
対テロ戦争の動きは更に、イラン、イラク、北朝鮮の3ヵ国を悪の枢軸であるとするブッシュ米大統領の発言に発展し、2003年3月にはイラク戦争が始まった。
出典:『アフガニスタン紛争 (2001年-)』(ウィキペディア 最終更新 2015/3/29 07:51)

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件への報復として、2001年10月7日から空爆が始まりました。同時に、アフガニスタン国土の90%を掌握していたタリバン政権に対抗する北部同盟が侵攻し11月13日には首都カブールが陥落してタリバン政権は崩壊しています。

以下、付け焼刃知識です:

タリバン北部同盟アルカイーダともに1978年から1989年まで続いたソビエト連邦によるアフガニスタン侵攻の際にソビエト連邦に対して抵抗を続けたムジャーヒーディンで、当時はアメリカの庇護を受けていました。

ソビエト連邦の撤退後に分裂し、パキスタンの庇護を受けるタリバンがアフガニスタンの大部分を掌握し、北部同盟は引き続きアメリカとのつながりを保ちながら最近アメリカ軍に爆撃された国境なき医師団の病院があるクンドゥズ州を中心にした北部に勢力を持ち、アルカイーダはタリバンに保護されつつ中東を中心に世界各地で活動するようになりました。

タリバンは首都を追われた後もアフガニスタン南部で勢力を保ったままで、2015年4月には北部同盟があったクンドゥズ州に侵攻して9月28日以降州都クンドゥズを掌握したりと今もアメリカ軍が撤退できる状況にありません。

イラク戦争

イラク戦争(イラクせんそう)は、アメリカ合衆国が主体となり2003年3月20日から、イギリス、オーストラリアと、工兵部隊を派遣したポーランド等が加わる有志連合によって、イラク武装解除問題の進展義務違反を理由とする『イラクの自由作戦』の名の下に、イラクへ侵攻したことで始まった軍事介入である。
正規軍同士の戦闘は2003年中に終了し、同年5月にジョージ・W・ブッシュにより「大規模戦闘終結宣言」が出たが、後にイラク国内での治安の悪化が問題となりイラク国内での戦闘は続行した。2010年8月31日にバラク・オバマにより改めて「戦闘終結宣言」と『イラクの自由作戦』の終了が宣言され、翌日から米軍撤退後のイラク単独での治安維持に向けた『新しい夜明け作戦』が始まった。そして2011年12月14日、米軍の完全撤収によってバラク・オバマがイラク戦争の終結を正式に宣言した[87]。
出典:『イラク戦争』(ウィキペディア 最終更新 2015/10/4 06:02)

2003年3月20日、アメリカを大混乱させた炭そ菌郵便事件の報復としてジョージ・W・ブッシュ大統領の下でアメリカ軍を中心にサッダーム・フセイン大統領を追い落とし最終的に死刑にした戦争です。今ではアメリカ炭そ菌事件はアメリカの細菌学者による単独犯と考えられていますので、イラクへの侵攻は濡れ衣だったことになります。

アメリカ軍の撤退後、アルカイーダから分裂したISISが勢力を伸ばし、2014年8月8日からアメリカ軍などによる空爆が再開されています。

人質救出作戦での米兵戦死

イラク北部ハウィジャ(Hawijah)近郊で22日未明、米特殊部隊とクルド人治安部隊「ペシュメルガ(Peshmerga)」が、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の収容施設を急襲し、間もなく「処刑」される予定だった約70人を救出した。米国防総省が発表した。
 この作戦により、米兵1人が死亡した。イラクで昨年6月に米軍主導の対IS戦が開始されて以降、米軍に死者が出たのはこれが初めて。
出典:『米・クルド部隊、イラクで「ISの大量処刑」阻止 70人救出』(AFPBB)

CNNによると、

  • アメリカ兵 死亡1名
  • ペシュメルガ兵 負傷4名
  • ISIS兵 死亡20名以上 捕虜6名

だそうです。当初、救出された捕虜70名はペシュメルガだったとアメリカ政府が発表していたようですが、ペシュメルガによるとペシュメルガは一人もおらず、20名以上のイラク軍などだったそうです。(参考:American killed in Iraq hostage rescue, Pentagon says』CNN.com)

それ以上の詳細は不明ですが、

Pentagon spokesman Peter Cook said authorities were still assessing who was rescued.
"We did not have a crystal clear idea of who exactly would be at this compound," he said, adding the United States did not have "a full accounting of everyone present."
The mission did not represent a change in U.S. tactics in Iraq, Cook said.
"This was a unique circumstance in which very close partners of the United States made a specific request for our assistance," he said.
出典:上記CNN.com記事

と国防総省報道官が発言しています。今後の活動に影響はない、非常に近いパートナーから特別に救援要請されたので誰が捕まっていたのか詳細が分からずに作戦を実行した、と言っています。

Very close partnersって誰でしょう?少なくとも、イラク戦争開戦当時からアメリカ軍と行動した上に今回の作戦を一緒に行った、クルド自治政府のペシュメルガの捕虜は一人もいなかったので、ペシュメルガではなさそうですが・・・。

アメリカのニュースでの扱い

アメリカではもちろん報道されてはいますが、扱いは小さいです。Foxnews、CNN、ABCnewsの3箇所のニュースサイトを見ましたが、いずれもニュースとしては出ているものの、政府から出てきた情報が少ないせいか関連記事はなく、トップニュースはヒラリー・クリントンが国務長官時代の在リビア米国領事館襲撃事件に対しての弁明でした。FoxNewsではトレンド記事ランキングで数時間1位でしたが、下がっています。

ヒラリー氏はずっとこの話題で野党共和党だけではなく与党民主党からも非難されていますが、なぜ「国務長官」だったヒラリー氏が非難されているのか、僕には今のところ全く分かりません。原因になった映画を作ったのはエジプト系のアメリカ人で、拡散させて物議をかもす原因になったのは牧師なのでどちらかというと共和党側です。

ヒラリー氏とベンガジ

ちょうど、疑問に思っていたことがBBCで日本語化されて出ていました。国務長官は、外務大臣的なポストだったのですね。

 

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