スティーブンス・スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演の映画、Bridge of Spies(邦題:ブリッジ・オブ・スパイ)を見てきました。面白かったです。内容については書きませんが、歴史上の事件を題材にしているので事件のことをあまり調べると、細かいところは違うものの結末が分かってしまうので、調べずに観るほうが楽しいと思います。

アメリカでは2015年10月16日公開、日本では2016年1月8日公開予定です。

知っておいたほうが楽しめそうなネタばれにならない程度の基礎知識を書いておきます。微妙にネタばれになりそうだけれど、知っているとほくそ笑むTIPSを別の記事『Bridge of Spies/ブリッジ・オブ・スカイ、ストーリに関係ある豆知識(微妙にネタばれ)』にしています。

画像は戦争中のアメリカプロパガンダ広告の一部です。歴史は勝者が作るもの、と記事『アメリカの終戦記念日、V-J Day』で読んだ雑誌にも書かれていましたが、ブリッジ・オブ・スパイではその「歴史」として知られているものよりも、さらにアメリカが美化されています。そういう映画を受け付けない方にはお勧めできません。

 Bridge of Spiesの予告編

二篇Youtubeにアップロードされています。スパイ映画ですが、007などの他映画と違って、バイオレンスな部分はほぼありません。苦手な人も予告編が大丈夫だったら安心して見られると思います。

米ソ冷戦

舞台は米ソ冷戦時代です。その中でも、映画「Bridge of Spies」の時代は「危機の時代」(下記ウィキペディア参照)と言われた時代で、核戦争の一歩手前だったキューバ危機に向かって軍備拡張、CIAとKGBのスパイ工作が活発でした。

互いを常に「仮想敵国」と想定し、仮想敵国と戦争になった場合の勝利を保障しようと、両国共に勢力の拡大を競い合い、軍備拡張が続いた。この象徴的な存在が、核兵器開発と宇宙開発競争である。両陣営は、目には目を、核には核を、との考え方からそれぞれ核兵器を大量に所持するようになる。また、大陸間弾道ミサイルと共通の技術をもつロケットやU-2などの高高度を飛行する偵察機、宇宙から敵を監視するための人工衛星の開発に没頭し、国威発揚のために有人宇宙飛行と月探査活動を活発化した。
しかし、ソ連とアメリカの直接衝突は、皮肉にも核の脅威による牽制で発生しなかった。特に1962年のキューバ危機によって、米ソの全面核戦争の危機が現実化したため、翌年から緊張緩和の外交活動が開始されるようになったのである。
その一方、第三世界の諸国では、各陣営の支援の元で実際の戦火が上がった。これは、二つの大国の熱い戦争を肩代わりする、代理戦争と呼ばれた。また、キューバ危機を契機に「アメリカの裏庭」と呼ばれる中南米諸国に対する影響力を得ることを企てたソ連の動きに対し、アメリカはブラジルやボリビア、ウルグアイなどで親米軍事独裁政権への肩入れと共産勢力の排除を行い、その結果共産勢力の排除に成功した。しかし、その後冷戦終結までの永きにおいて、これらの中南米諸国では軍事政権による国家の私物化と汚職、軍事勢力同士によるクーデターが横行し、民衆は貧困にあえぐことになる。
出典:『冷戦』(ウィキペディア 最終更新 2015/10/5 13:58)

この冷戦中の活動が、現在のイランとの対立やアルカイーダなどにつながっていると思うと、皮肉な世の中だなと思います。

最近の北朝鮮のロケットもそうですが、偵察衛星や弾道ミサイルを開発する助けになった技術開発競争があって、1961年のユーレイ・ガガーリンの世界初の有人宇宙飛行があった時期は、大体Bridge of Spiesの時期と同じです。

ベルリンの壁

冷戦の象徴として知られています。東ドイツ政府が1961年8月13日に建設した文字通り壁で、実質的に西ドイツ領だった西ベルリンを囲む形で建てられていました。1989年11月10日に東西ドイツの統合を前に破壊されました。

西ベルリンは飛び地だったので、西ベルリン全体を全周囲む形で作られました。完全に囲まれていたわけではなくいくつも国境検問所が設けられており、道路上にあったものに特別に名前が付いていました。名前と言っても、A、B、CでA:アルファ、B:ブラボー、C:チャーリーというどこにでもありそうなものです。

ベルリンの壁と検問所CC BY-SA by Sansculotte (https://goo.gl/j6oHjO)

チェックポイントの図を見てもアルファは見えないので、チェックポイント・ブラボーとチェックポイント・チャーリーがメインのような気がします。

外国人向けはチェックポイント・チャーリーでしたが、チェックポイント・チャーリーの近くにの東ベルリン内に西ドイツと接続している鉄道の駅、ベルリン=フリードリヒ通り駅もあり、ここにもチェックポイントがあって西ドイツへ移動できたようです。

陪審制(アメリカの裁判)

アメリカの裁判は日本と違う制度で「陪審制」を採っています。日本でも陪審制に近い裁判員制度が導入されていますが、アメリカでは陪審員はもっと身近です。日本では裁判員がかかわるのは重大事件の刑事訴訟だけですが、アメリカでは陪審員の数は12人で、一定期間呼び出しに応じて陪審員、もしくは陪審員の候補として裁判所に行かなくては行けない義務があります。(jury duty)

この前、僕のところにも招待状がやってきました。(市民ではないので、陪審員の権利も義務もありませんが、その旨を申告しないと大変なことになりまそうです。)いったい、アメリカの役所はどうなっているんだと思う瞬間でした。

日本では量刑まで決めますが、アメリカでは一つの事件についていくつかに別けた罪状ごとに一つずつ有罪か無罪かを判断します。有罪となった罪状の数に応じて、裁判官が量刑を決めます。

裁判官は、審理が終わった段階で、陪審に対する説示を行う。説示の中では、(1) 適用すべき実体法、(2) どちらが立証責任を負うかや、立証責任が果たされるに必要な証拠の程度などの証拠法の原則、(3) 評決に達するための手続について説明される[92]。その後、陪審は法廷から評議室(陪審員室)に下がり、非公開で評議を行う。裁判官、訴訟当事者を含め、陪審員以外の者は誰も評議の内容を見聞きすることはできない。評議は複数日にわたることもある。その結果、評決に達した場合は、法廷に戻り、陪審員長又は書記官が評決を読み上げる。
...中略...
陪審が有罪の評決をした場合、裁判官は量刑を行い、判決を言い渡す。陪審は有罪又は無罪の判断を行い、有罪の場合の量刑は裁判官が判断するのが原則であるが、州によっては、特に死刑事件など一部の事件で、陪審が死刑適用の当否や刑期についての意見を述べることができるなど、陪審の判断が量刑を決定ないし左右することがある。
出典:『陪審制』(ウィキペディア 最終更新 2015/10/11 09:55)

乗り物酔い・・・

映画の最初のほう5分~10分くらいの間、画面が大きく揺れる演出があって、乗り物酔いしやすい僕はちょっと気持ち悪くなりました。まさかずっと揺れ続けるのかと思いましたが、その後は大丈夫でした。

August 2017
Mo Tu We Th Fr Sa Su
31 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 1 2 3

ログイン(DISQUS/Facebook/Twitter/Google)なしでもコメントでき、その場合管理人の承認後表示されます。